生命の不思議な生態_第九話

投稿日:2023年12月1日

生命の不思議な生態(第九話)

 

繁殖出来ない植物(?)が人類を救ったイネ科の植物

 

3.勝ち残った負け組

 

イネ科の植物は種子に炭水化物が含まれており、かむと甘くなる。種子に毒はないので、人間はこれを食料として目をつけた。

人類は森から草原に進出し、このイネ科の植物の実を拾って、飢えをしのいでいたのだろう。

イネ科に限らず、種子は成熟するとはじけて地面に落ちる。落ちた種はそこで芽を出し、やがて次の年に種ができる。

ところが野生のイネ科の植物は、

①実が落ちやすい(脱粒性)

脱粒性は、子孫を残すためには実が落ちなくてはならない。

②種をまいてもすぐに発芽しない(休眠性)

休眠性は、種子が寒い冬を越し夏の乾燥期を絶えしのぐ適応性質の為

③草丈が長く、茎が細いため倒れやすい

④一粒の実が小さい

⑤自家受粉しない

自家受粉は、遺伝子が同じだと病害虫に弱いから、リンゴのように他家受粉しか実がならないようになっている。人間でいう近親相姦を避けた機能だ

⑥子孫を確実に残すため、実が熟すのに時期をずらす

 

等の特徴があるため、人間の食料とするためには、改良をする必要がある。

  • 実が落ちると収穫が大変である。
  • 種をまいたらすぐ発芽してほしい。
  • 倒れにくいようにしたい。
  • 一粒の実を大きくしたい
  • 同時に実が熟してほしい

 

人間にとって、こんな都合の良い植物があるわけない。

ところが、突然変異で、イネ科の植物自体が本来持っている脱粒性と休眠性を持っていないものが育つことがある。無論、この植物は子孫が出来ないので、植物としては落ちこぼれ組である。

 

散乱した実を拾うのはかなり重労働であっただろう。

或る年、誰かが成熟してもはじけず、実が穂に着いたままのイネ科の植物を見つけた。

ところがそんな落ちこぼれの僅かなイネ科の植物を見つけた女性は喜んだ。収穫の手間が省けたからである。

この実を両手いっぱいにして家に持ち帰った。道中、何粒かの種が手からこぼれ土に落ちた。落ちた種は翌年芽を出した。それ以来、その種を大事に扱い、地面に間隔をおいて撒いた。「昨年のように種が落ちないように育ってね!」と祈ったことだろう。

次の年、地面に落ちない同じ植物がたくさんが育ち、彼女は村の人気者となった。こんなことがあって、植物としては落第生だったものが人間によって栽培された。彼女は村人の人気者どころか、人類の英雄だったのだが、当時の人々はそこまで気がついていなかった。

 

植物は種子が熟すと地面に落ちてしまう。イネ科の植物の原種でも同じで、種子は周囲に飛び散ってしまう。ところが突然変異で種子が落ちない株を発見し、その種子を採って育てることによって安定的に食糧を確保したのである。

人類は、人間にとって都合の良い偶然の突然変異で生まれた落ちこぼれ組のイネ同士をかけ合わせて改良を行った。

その結果、

①実が落ちにくい(非脱流性)

②種をまけば、すぐに発芽する(非休眠性)

③倒れにくい

④一粒の実が大きく、デンプンが多く詰まっている

⑤自家受粉する

⑥実が一斉に熟す

 

というイネの改良に、数千年かけて成功したのである。

人間の立場では成功だが、植物から見れば一種の奇形だ。野生に放置しておくと、何代かで原種に戻り食用に適さなくなってしまう。だから、人工的に栽培し続ける必要がある。

こうして出来た種子は保存可能だから、富を生み出したのである。貯えることだけでなく分配出来ることが人類にとって幸せをもたらしたのである。

イネ科の植物は種子に炭水化物を含んでいたため、人間の主食になりえた。しかし、それだけで世界制覇できたのではない。

種子以外は草食動物のエサになったことも大きな理由である。草食動物である家畜は乳を出し、乳が出なくなると人間の貴重なタンパク源となった。

豚のような雑食性の動物は、人間と競合し乳も出さないからイスラム社会は豚を家畜化しなかった。豚肉を食べることを禁じたのは、これが原因のひとつだったのだろう。

 

現在、世界の年間穀物生産量は、

①トウモロコシ 10.3億トン      39%

②ムギ  7.4億トン      29%

③コメ  4.8億トン      26%

 

で、上記のイネ科の作物が、世界の穀物生産量の94%を占めるに至ったのである。この世界三大穀物は、植物の仲間たちの中で、常識とは反対の方向で栄えてきた。人間がかかわらなければ絶滅していたはずなのに、世界制覇が出来たのは、こうした理由があったからである。

 

被子植物は今日至るまで繁栄を続けている。

被子植物は子葉が1枚の単子葉と子葉が2枚の双子葉とに分けられる。

単子葉とは、トウモロコシ・ムギ・イネのように葉脈がまっすぐ通っている平行脈葉で、根から水や養分を早く送ることができる仕組みがある。

双子葉の葉は縦に1本太い葉脈が通っていて、そこから葉脈が枝分かれしており、葉の隅々まで水や養分を送ることができる。だから、大きく成長出来た。

木はその構造上単子葉植物はなく、ほとんどが双子葉植物で、単子葉植物は草が圧倒的に多い。因みに、竹は木でも草でもない。バナナの木はかなり大きいが、木ではなく草である。

単子葉植物は、大きく成長するより、成長のスピードを重視したので、草は殆どが単子葉植物となっていったのである。

最も進化した単子葉植物は、イネ科の植物である。

ところが、草が増えると背の高い首の長い大型草食動物より、草を食べやすいように、首が短く、足も短い動物、例えば、首が胴体と平行についている背の低い草食動物が増えていったのである。

以降、草食動物の多くは、現在に至るまで下を向いて歩くようになった。

こういう説明だと、生物の歴史は、現在に至る過程が必然的なものに思えてくるが、そんなことはないと思う。生物の歴史は物理的法則が働くことは少ないので、偶然の積み重ねと運によって、現在に至った可能性が高いのではないかと思う。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

子孫を残せない悲しい運命を背負っているイネなのに、たわわに実る穂が風に揺られている様は、人の心を豊かに、そして安心させてくれる不思議な霊力を持っている。

あれ、まてよ!

植物の繁殖には、胞子、風媒、虫媒、鳥媒等があった。ひとつ大きな繁殖方法を忘れていた。

世界三大穀物である、トウモロコシ、ムギ、コメは、風媒で繁殖したというより、人間を利用しなければここまで繁殖はしていないはず。

人間の立場で考えるのではなく、植物の立場で考えると、人媒という繁殖方法があったのだ。

 

 

中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。

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