世界を大きく変えたジャガイモ 第1話

投稿日:2024年4月2日

コロンブス交換

 

前3回は、子孫を残せない体で生まれてしまった植物(トウモロコシ、小麦、稲)を、その不妊障害を利用して人間が改良し、人間の主食にまで育てあげた話でした。

ところが、この世界三大植物、天候や戦争によって度々凶作に見舞われ、飢饉に襲われるようになると、多くの人々が餓死したのです。

ヨ-ロッパでは、小麦を原料とするパンが全てでしたので、小麦の不作は恐怖そのものであったのです。

今回は、子孫は残せるものの見た目が悪く、とても食用に供されるような代物ではないジャガイモが、世界人々の飢饉を救ったと言うお話です。

 

あなた自身、この世に生を受けてジャガイモを最初に食べたのは、「料理」か「お菓子」か覚えていますか。

カレー、シチュ-、肉じゃが、コロッケ、おでん、ポテトチップス、ポテトサラダ、フライドポテト、ジャガバタ-、ポテトグラタン? 或いはそれ以外?

母親に聞かないとわからないかもしれませんが、中世のヨ-ロッパ人なら簡単に答えられたでしょう。食べるにはかなりの勇気が必要だったからです。

野生のジャガイモは、形がいびつなだけでなく、ハンセン病患者の手のように気味が悪い姿をしているので、食べるとハンセン病になるのではないかと恐れられていたのです。

現代人は、それが食用だとわかっているから食べられますが、例えばナマコやタコ・クラゲを最初に食べた人のことを想像すると、好奇心だけではとても口には出来ません。

ジャガイモは、麦等、穀物の凶作による餓死者が出たお蔭で人の口に入るようになり、その後の飢饉を乗り越えた人類にとって有り難い存在だったのです。

大航海時代になると、スペインが胡椒(コショウ)を求めてインドを目指します。1492年、コロンブスが最初に到達した島は、カリブ海にある西インド諸島のサンサルバドル島(聖なる救世主の島)で、この島への上陸がジャガイモの発見の切っ掛けとなります。

ジャガイモの原産地はチチカカ湖周辺で、AD500年には栽培されていたようです。

イタリア、フィレンツェ出身の地理学者、トスカネリが「地球球体説」(地球は球形であるという説)を唱え、それを知ったコロンブスは、大西洋から西回りでインドに行けるという確信を得ました。

彼はこの確信に基づき、インドの「コショウ」と「東洋の黄金」を求めて一儲けしようと考え、スペインのイサベル女王の許可を求めました。

ところが、彼女が許可した理由は金儲けではなく、キリスト教の布教のためであったようです。

コショウを求めて南米に到着したスペイン人たちは、インドに着いたと思ったのですが、そこはカリブ海に浮かぶ西インド諸島だったので、コショウはありません。

コショウが東洋でしか取れず、しかもそれをイスラム商人が法外な高値で売り付けてくれば、リスクを冒してでも自分たちで手に入れたくなります。

中世のヨーロッパでは、コショウは金と同じ位高価で、金持ちには金と同じような財産価値だったのです。

冷蔵庫のない時代、コショウは防腐と防臭だけでなく、調味料としても最適でした。現在と異なり、新鮮な肉はほとんど手に入りません。慣れたヨーロッパ人といえども、腐敗臭がする肉は食べたくないですね。だからコショウなしで生きてはいけず、そこで産地の南アジアに出かけていかざるを得なかったと言うわけなのです。

ところが、インドだと思って上陸したところは、インドではなく南米の島でした。だから、今でも彼らが上陸した島は、西インド諸島と呼ばれています。

この島に上陸したスペイン人たちは、胡椒が全くないことに気づきました。

しかし、亜熱帯地域にはヨ-ロッパには無い多くの植物と豊富な資源に恵まれていました。

これに目をつけたスペイン人達は、自分達にはむかうものは殺し、従うものにはキリスト教の布教と交易をしました。

歴史の教科書で、1519年、コルテス率いるスペインの艦隊が、アステカ帝国の首都テノチティラトン(現メキシコ・シティ)に渡り、キリスト教への強制改宗と改宗を拒む者を虐殺したと教えられてきました。

しかし、最近の研究によると、スペイン人を悪者に仕立て上げたのは、スペインに敵対するイギリスとオランダのプロパガンダだと言われています。

実際、スペイン人は現地の先住民と交易をしています。

スペイン人からは、ラクダ・馬・ロバ・ヤギ・ヒツジ・鶏・牛・豚・猫・ウサギ等の動物と、先住民からは、アルパカ・七面鳥の動物のほか、アボカド・インゲン豆・カシューナッツ・唐辛子・ココア・綿・トウモロコシ・キャッサバ・パパイヤ・落花生・ジャガイモ・パイナップル・カボチャ・サツマイモ・タバコ・トマト等、現代人には無くてはならない重要な植物を交換しました。

我々が、豊かな食生活が出来たのは、この時代に交換によって欧州に持ち込まれたからです。これを「コロンブス交換」と云います。

その交易品の中に、ジャガイモがあり、これが将来小麦に代わる重要な食料品になったのです。

残念なことに、「コロンブス交換」は物だけでなく、伝染病まで交換してしまったのです。無論、意図したものではありません。

スペイン人は天然痘ほか、麻疹・インフルエンザ・チフス・ジフテリア・マラリア・オタフク風・百日咳・ペスト・結核、黄熱病をもたらし、代わりに先住民からは梅毒を受け取っています。

コルテスがアステカ帝国を滅ぼした1521年は、先住民同士の戦闘と伝染病ウィルスによるパンデミックによる死者の方が遥かに多かったのです。抗体のない先住民はあっけなく死んでしまいました。

当時の先住民はまだ、石器を使用していたようですが、欧州人が鉄器・馬・銃を持ち込んだため、現地の部族間抗争は激化し、死者が多く出たことも大きな要因です。

人口は2000万人から200万人、実に90%の住民が亡くなり、アステカ帝国が滅亡してしまいました。

元をたどれば先住民の悲劇は、コロンブスがインドと間違えてサンサルバドル島に到着したことであることは間違いありません。

マヤ文明の南のインカ帝国も、ピサロが皇帝「アタワルパ」を処刑出来た理由は、上層部の多くが天然痘を始めとする感染症で死んでしまっていたからのようです。

アメリカ大陸にはもともと天然痘はなかったのです。

感染源は、スペイン人が持ってきた家畜にあるのではないでしょうか。

家畜を飼うことは、不足するタンパク質を摂取するためですが、問題は、多くの感染症は家畜が人に移すのです。

麻疹・結核・天然痘は牛が、インフルエンザは豚とアヒル、百日咳は豚と犬が感染源です。

歴史的に食用家畜(肉・ミルクを摂取する)を保有しないで農業を成立させたのは、日本とインディオの人達のみなのです。

家畜化するためには、

  1. 餌の確保が容易なこと(肉食動物は、餌が人と競合するため合わない)
  2. 成長速度が早いこと
  3. 繁殖がおとなしいこと
  4. 飼っていても、パニックを引き起こさないこと
  5. 集団の中に序列があること

等が必要です。

馬は気性が荒いですが、去勢することによって家畜化出来ました。しかし、これらの条件を総て満たした哺乳類は意外と少ないのです。

哺乳類の数は多いのですが、家畜化出来たのは、牛・羊・山羊・豚・馬ぐらいで、現在も変化はありません。

我々の先祖は、特定の哺乳類を長年にわたって家畜化したおかげで生きていけたのです。本当にあり難い存在なのです。

穀類だけではタンパク質が足りませんから、大型哺乳類を家畜化するようになりました。食料だけでなく、毛皮は防寒となり、さらに農耕用の動力源としても利用してきました。

繰り返しで申し訳ありませんが、家畜を飼うことは疫病とセットなのです。

日本は畜産の文明がありません。しかし、崇神天皇と聖武天皇の代に、国が亡びるほどの天然痘によるパンデミックが起き、多くの人が亡くなっています。

この原因は、渡来人によって感染症がもたらされたと考えられます。

日本は仏教思想の影響だけでなく、総てのものに神が宿るとされる神道の影響もあって、家畜は労働を補助するために飼われ、食用のためには飼われてこなかったのです。

ポルトガル人、スペイン人は南米で多くの人を殺しましたが、彼らがジャガイモをヨ-ロッパに持ち込んだことで、幾度となく飢饉を乗り越えることが出来たので、歴史上救われた人は数えきれません。

歴史は皮肉なものです。

 

ジャガイモが「ナス科」の植物であることはあまり知られていません。花はナスの花に似ていて可憐な花を咲かせます。

「きれいな花には毒があると言われているように」ナス科の植物には毒が多いのです。

現在、野菜を食べて中毒起こす一番の野菜はジャガイモですが、ジャガイモの毒は芽だけではなく、緑色に変色した皮にもアルカロイド(毒)が含まれています。この毒は、水に溶けますが熱による分解が起きません。熱を加えても毒は消えませんので、現在でも中毒を起こす人が多いのです。

ジャガイモは、水はけのよいアルカリの土を好みますが、土壌のPHが高すぎると菌が活発になり、病原菌が繁殖しやすくなるのです。この毒はソラニン毒と呼ばれ、「ナス科」の植物に多く見られます。

トマト・茄子・ピーマン等、ナス科は連作障害に弱く、近い場所での植え付けでも障害を起こしますから注意が必要です。

それと、普通のジャガイモを種芋として使うと病気になりやすいので、家庭で栽培するときは、必ず殺菌消毒した種芋を使うべきです。

 

「ナス科」で毒のある有名な植物は曼陀羅華(マンダラケ)で、「チョウセンアサガオ」とも呼ばれています。

朝鮮の花ではなく、在来種と少し違うから朝鮮と名付けたのかも知れません。

又、アサガオに似ていますが「ナス科」の植物であり、アサガオではありません。花がトランペットに似ているため、「エンジェル・トランペット」として花屋さんで売られています。

「気違いナス」とも呼ばれているのは、食べると記憶障害になるからこの名がついたのだろうと思われます。

アルカロイドを含む有害な植物であるこの「チョウセンアサガオ」は、「華岡青州」(紀州藩の外科医)が、世界で始めて乳がんの手術の際の麻酔に使ったことで有名です。

彼の実母と妻が人体実験に参加しましたが、母は亡くなり妻も失明してしまいました。詳しくは、有吉佐和子著「華岡青州の妻」(新潮社)をお読みいただければと思います。

根とつぼみに毒があり、根はゴボウによく似ており、つぼみはオクラに似ていて、熱い酒に混ぜて飲むと麻酔薬になるようです。(実験してはいけません)

このマンダラケの花は、別名「曼珠沙華(マンジユシャゲ)」とも呼ばれていて、現在「日本麻酔学会」のシンボルマークとして採用されています。

 

映画「ハリー・ポッター」に出てくる「マンドレイク」も「ナス科」の植物です。映画では、引っ張り出すと根の部分に顔があり大声で泣き出します。この泣き声を聞いたものは発狂して死ぬとされていますから、授業で生徒たちは耳当てをしてから根を引き抜いています。この植物は、魔法で石にされた者を元に戻す力があるようです。

ナス科の植物には、魔力があると考えられていたようです。

「ハリー・ポッター」には「ベラドンナ」(ナス科)も出てきます。魔女が「ベラドンナ」の軟膏を箒(ほうき)に塗ると、空を飛べるようになるのです。この毒は幻覚作用があり瞳孔を開くことから、クレオパトラが化粧として使ったとされています。

 

ヨ-ロッパ人に嫌われたジャガイモですが、現在最もよく食べているのがヨ-ロッパ人なのです。

消費量と生産量には過去の歴史とそれぞれの食料事情が関係しています。

次回は、ジャガイモが長い間食べられなかった理由と、現在、ヨーロッパでの消費量が多い理由について考えてみようと思います。

 

 

中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。

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