生命の不思議な生態_第四話

投稿日:2023年7月1日

生命の不思議な生態(第四話)

 

寿命の不思議・・・その1

 

ガンは遺伝子のコピーミスによる異形細胞が増殖したものだと言われている。

細胞の大きさは、大型動物も小型も変わりはない。そうすると、体が大きい動物ほど細胞は多いはずだから、ガンになる確率は高くなるはずである。

しかし、細胞数に比例してガン発症率が高かったとすると、この世に大型動物は存在しないことになる。大きく成長する前にガンで死亡してしまうからである。実際には、象やクジラは存在しているし、古代の恐竜も存在していた。このことからガンは細胞数に比例しないようだ。

理由として説明されている点は、

第一に大型動物は小型動物に比べ細胞分裂がゆっくり進むためにガンになりにくく、小型動物の細胞分裂は早いからガンになりやすいらしい。細胞分裂がゆっくりだと、コピーミスの確率が低下する。何故、大型と小型で細胞分裂の速さが異なるのかと言う点に関しては、代謝が早いか遅いかの違いであるらしい。

心拍数と寿命の関係で言うと、

 

<動物>    <心拍数(分)>   <寿命(年)>

  • ネズミ・・・・・・・・600回            2から3年
  • ヒト・・・・・・・・・・60~80回               70~90年
  • ゾウ ・・・・・・・・・30回             80年~100年
  • クジラ ・・・・・・・・数回                     90年

である。

このことから面白い説がある。ネズミでも象でもヒトでも哺乳類は、一生の間に心臓が打つ回数は平均8億回だそうだ。誰が数えたのだろう。代謝が遅いと長生きするが、頻脈だと長生きしない。この説はまだ仮説なのだが、早く証明してほしい。

 

第二に、ガンの大きさと体のサイズの比が異なる点である。

人間にとっては大きなガンであっても、クジラにとっては早期ガンにもならない。人間にとって僅か2gのガンでも、ネズミにとってみれば致命的なガンの大きさだ。

体のサイズの比で体への影響が異なるということは、大型動物ほどガン発症リスクが少ないと言うことになる。

 

第三に、がん細胞にはアポトーシス(細胞の自殺)がないから、無限に増殖する。そうすると、たとえ細胞がゆっくり分裂したとしてもがん細胞は徐々にではあるが増える一方のはずである。

なぜガンは無限に増えないのか?

どうも、大型の動物には「ガン抑制遺伝子」を多く持っているからガンになりにくいらしい。

以上の説は、「ピートのパラドックス」として有名な説であるが、何故そうなっているかよく解っていないそうだ。

 

大型動物は長生きし、小型動物は短命であることは事実であり、それは代謝の長短によってある程度寿命に影響していることは理解できる。

時間には客観的時間と主観的時間があるように、寿命にも客観的寿命と主観的寿命がある。動物によって平均寿命は異なるが、ハエ・蚊やネズミ、犬、猫が50年も長生きしたら、その一生は苦痛に満ちた命に感じるのではないだろうか。

例えば、動物は自分の一生について感じる長さは同じだとすると、小動物ほど1秒の体感は長く感じることになる。セミや蝶を見ていると、人間にとってみれば短い命で気の毒に思うが、彼らには十分な一生かもしれない。

“そんなことはない!”  と思う人がいるかもしれない。

ところが、これを検証した人がいる。

 

蛍光灯が古くなって、点滅の残光時間をどれくらい感知するか実験すると、人間は1秒間に60回の点滅以上になると、ずう-っと点灯していると感じる。これは動物によって異なる。

カメは、1秒間に15回の点滅以上になるとずう-っと点灯していると感じるし、ハエは、250回以上の点滅で点灯していると感じる。

この限界値を「フリッカ-融合頻度」というのだそうだ。人間の1秒間の動きは,カメにとっては1/4(0.25秒)、ハエは4秒の体感になる。

だから小動物も大型動物も、一生は人間と同じ感覚的長さになるというのだ。

もう一点、エネルギ-の消費量は体重に比例せず、大型動物ほど体の割りにエネルギ-を使っていないことだ。

小型動物は、単位当たりのエネルギ-消費量が多く、大型動物は少ない。エネルギ-消費量が多くなると、長く生きていると実感する。

子供のころの1年は長かった。年を経るに従い1年があっというまに過ぎてしまう。これは、年齢が若いほどエネルギ-消費量が多く、年を取ると代謝が悪くなり、エネルギ-消費量が(時間)が少なくなるからだという説である。

本当だろうか。もしそうだとしたら、神は人も動物も公平に作られたことになる。

肥った人は痩せた小柄な人より、人生を短く感じるのだろうか。

「ジャネ-の法則」によれば、主観的時間は体重ではなく年齢だとし、1年の感じ方は、1年を年齢で割った値だとしている。

 

年齢

10歳      1÷10=0.1

20歳      1÷20=0.05

50歳      1÷50=0.02

60歳      1÷60=0.017

80歳      1÷80=0.0125

 

10歳と50歳の人では、0.10÷0.02=5.0だから50歳の人にとっての1年は、10歳の子の5年に相当する。

 

この他にも、呼吸数と心拍数に関係性を見つけた人がいる。

呼吸数と心拍数は、1:4で1回の呼吸で、心臓が4回拍動するとする説「クライバ-の方程式(呼吸速度は体重の3/4に比例する)」がある。個体差があるのであくまで平均値だそうだ。

しかし、これが証明されたとしても、医学の進歩になるだろうか。

 

学者になろうとする人は面白い。殆んどの人が何の役に立つかわからなくて研究している。研究成果が世の中に役に立った例は、偶然か運が大きい。

役に立つと思って研究した大半の人は、結局その成果は何の役にも立たなくて、その一人一生は終わる。

だから、学者の先生は起業家と同じくらいリスクのある挑戦に挑んでいるといえる。だから学者の研究は、小説よりもずうっと面白い。成功例よりも、失敗例が何万何千倍もあると思うが、誰かそういうことをノンフィクション小説にしてくれないかなあ。

失敗して、打ちひしがれた人生を送った研究家の姿は、まさしく人生の真の姿であり、そこから学ぶことのほうが大きいのではないだろうか。

 

 

中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。

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